ブラックシネマ

アーネスト・ディッカーソン『ネバー・ダイ・アローン』

ホームページ 2005.04の記事から

 『ネバー・ダイ・アローン』は、ブラック・コンテンポラリの正道を行くストリート・シネマだ。
 十年前のブラック・クライム・アクション全盛のころなら、この種の実録路線は珍しくなかった。
 今どきはめったに見かけることもなくなった。
 ゲットーのブラックの熱すぎる人いきれがむんむんと漂ってくるような画面の連続。これは凄いな。

 原作はドナルド・ゴインズ(1937-1974)の同名小説。
 ストリートと牢獄の体験、短く鮮烈な作家生活、抗争にまきこまれたと思える死の状況。
 どれをとっても2パックなどのギャングスタ・ラッパーたちの先駆者にふさわしい。
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 原書のペーパーバックはかなり出回っているけれど、翻訳はまだない。
 自伝の翻訳が進行しているというニュースもどこかで耳にした。
 エドワード・バンカー(彼は白人だが)タイプのクライム・ノヴェルの書き手だと見当をつけた。それなら売れるでしょう。

 監督はアーネスト・ディッカーソン
 『マルコムX』までのスパイク・リー作品すぺての撮影監督だ。
 以降のスパイクの低迷は彼との決別にあるのか?

 ということは、さておき。
 この人の全作品が必ずしもメジャーになっているわけではないにしても、ブラック・シネマのコアを形成していることは断言できる。
 近作の『BONES ボーンズ』(パム・グリアスヌープ・ドッグ主演) などは、ブラック版お化け屋敷ホラーのつくり。
 エディ・マーフィ
『ホーンテッド・マンション』ハル・ベリー『ゴシカ』のような娯楽路線と観比べてみればわかるのだが、きめの粗さがあるかわり、ブラック・ナショナリズムの色合いがドッと濃厚なのだ。
 この人のベストはアイス・T主演のアクション『サバイビング・ゲーム』

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 主演と製作は、ヒップホップスターのDMX。DMXの存在があってこそ実現した作品だと思える。
 DMXはアクション映画がつづき、その勢いか最初の主演作『BELLY 血の銃弾』がDVD発売になっている。

 映画は伝説のドラッグ売人キングの帰還と死から始まる。
 生と死は重ね合わせ。
 どちらが欠けても無意味だ。
 ストーリーは終わったところから巻きもどされて始まる。
 過去も未来もない、現在だけのストリート・ギャングたちを正確に映しとる。
 主要人物はキングの他に、彼を刺し殺すマイク(マイケル・イーリー)、偶然に彼の死の身近にいた白人ジャーナリスト ポール(デヴィッド・アークエット)の三人。

 大金を手に街に戻ってきたキングは、責任と贖罪について想いをはせている。
 彼に残された時間はあまりにも少なかった。
 彼はボスと手打ちをするが、それに従わない手下マイクによってあっけなく刺される。 
 バーで知り合っただけのポールは、キングに託された遺品のなかから彼の破天荒な人生を語ったテープを見つける。
 ストーリーの本体はこのテープに沿って、終わりからもういちど始まるわけだ。

 キングの死後の現在時では、ボスがマイクとポールを始末しようと追う。
 追手を次つぎと倒していくマイクは最後はポールの命を救う。
 ポールは恩人のマイクが、キングのテープに印象的に登場してくる男であることを知る。

 物語がそこに到達するまで、観客は、マイクがキングをいきなりナイフで刺す理由を教えられていない。
 マイクは「俺を誰だと思ってるんだ。俺を誰だと思ってるんだ」と繰り返して斬りかかっていく。
 それはキングが彼の頬の傷をからかってスカーフェイスと呼んだからか、あるいはマイクが暴力的な衝動にかられるクレージーな男なのだろうとしか判断できない。
 だがその行動には根深い理由があった。避けがたい行動だった。
 復讐。
 ドラッグに人生を破壊された男が、その加害者に再会した時。
 復讐の果実を、彼は喰らわねばならない。
 マイクの行動の避けがたさにこそこの映画の祈りのようなテーマがこめられている。

 死が始まりというこの映画が描くのは暴力の輪廻だ。
 耐えがたい暴力の連鎖。

 それはほとんどの場合、キングとマイクのケースのような個人的な絆としてあらわれる。
 だから避けて通れない。
 一つの暴力が二つ三つの暴力を生み、暴力のカオスが世界を埋めつくす。
 無限とも思える連鎖に個人はいかんともしがたく絡め取られていく。
 アメリカ帝国におけるその宿命と希望とを、ブラック・シネマは繰り返しくりかえし発信しつづけた。
 だれも一人で死ぬことは出来ない。
 そうした朴訥な現在にこの映画は確固として立っている。

 補足しておくと、DVD版にはいくつかの未公開シーンが収録されている。
 それを観てやっと本編の説明不足が補われて、各人物(とくにポール)の動機が腑に落ちる部分もあった。
 88分の本編はあえて説明を切り捨ててカットつなぎを重視する。
 話よりもスタイリッシュな映像である。
 ストリートのほの暗い映像と実録路線につきもののカメラぶん回しもあり、ストーリーを追うのはけっこう辛いところもある。
 とくにキングの回想のパーツでは、時間の経過があちこち飛ぶので混乱させられた。
 未公開シーンには助かったわけだが、これなら編集しなおしてディレクターズカット版を作ることもできたのでは、と余計な心配をしたのである。

     2005.04.04

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