エルドリッジ・クリーヴァーの死
1998年5月1日金曜
『ジャッキー・ブラウン』を観た翌日だった。
元ブラック・パンサー党幹部クリーヴァーの訃報に接した。
後年の思想的混迷の様相は、豊浦志朗『叛アメリカ史』に詳しい。
晩年の生がどんなだったか全く知らない。
半年後の11月15日、同指導者ストークリー・カーマイケルが逝った。
「国内に50、国外に50のヴェトナムを作り出せ」といった派手なスローガンが思い出される。
騒々しくて空疎な「オオボラ」だったのか。
違うだろ。
現在のUSAの状況をまさに「預言」した? のでは?
同じブラックパンサー党の幹部にラップ・ブラウンがいた。お喋りなので「ラップ」の愛称で呼ばれたのだ。
想えば、パンサーの男たちは「ラップな」やつばかりだったんだな。
ストークリーが20年後に生まれていたら、ストリート・ミュージシャン・ラッパーとして頂点に立ったかも。
エルドリッジが演説する映像とかは観た記憶がない。
けれど、アイス・Tやアイス・キューブの「アイス」は、SOUL on ICE からとったんじゃないかな、やっぱり。